重すぎる「ありがとう」が胸に残る日
こんにちは、すみっこナースです。
病院で働いていると、毎日のように「ありがとう」という言葉をいただきます。
それ自体は、とてもありがたいもの。
でも、ときどき――胸にずしんと重く残る「ありがとう」があります。
今日は、そんな一言に救われた日の話を、少しだけ。
退院の日、深く下げられた頭
その日は退院日でした。
玄関前で患者さんが、こちらをまっすぐ見て、深く頭を下げて言ったんです。
「本当に、本当にありがとう。あなたのおかげで命が助かりました」
よくある感謝の言葉、のはずなのに。
なぜか、その言葉は軽く流せませんでした。
看護師としては、いつも通りに微笑んで
「お大事になさってくださいね」
そう返すのが正解です。
でも心の中では、その言葉の“重さ”を受け止めきれず、少しだけ息が詰まりました。
一言で蘇る、あの時間
患者さんの背中を見送った瞬間、頭の中に一気に流れ込んできたのは、きれいな思い出じゃありません。
深夜の急変対応。
必死に声を張り上げながら動いた夜。
状態が悪化して、どうにもならなかった悔しさ。
徹夜明けで、足が棒みたいになっていた朝。
どれも特別じゃない、看護師なら誰でも経験する日常です。
でも、それを全部まとめて
「命が助かった」
の一言で返されたような気がしました。
涙は、見せない
患者さんが完全に見えなくなったあと、少しだけ立ち止まりました。
こみ上げてくるものを、必死でこらえて。
泣くわけにはいきません。
プロなので。
でも正直に言えば、
「辞めたいな」
そう思った日ほど、この一言は効きます。
画面に出したテロップは、たぶん本音です。
「辞めたい日でも、この一言で乗り切れる」
結局、この仕事を続けている理由
ナースステーションに戻る廊下で、誰にも聞こえない声で、つぶやきました。
「……このためにやってるんだよな」
給料でも、評価でもなく。
こういう瞬間があるから、また白衣を着てしまう。
看護師は、決して聖人でも天使でもありません。
弱音も吐くし、限界も感じる普通の人間です。
それでも、患者さんの人生の一部に関われたと実感できたとき、
また一日、前を向けるのかもしれません。
今日も病院は静かに回っています。
その裏で、誰かの「ありがとう」が、誰かの心をそっと支えています。